カウンセリング が 必要 な 人

心を楽にするために振り返る子育て

Google検索などで「カウンセリングが必要な人」と検索するときには、どのような場合があるかを考えてみたいと思います。

想像できるのは、次の2つの場合です。

  1. 自分自身が、カウンセリングが必要な人かどうかを判定しようとしている場合
  2. 他人を、カウンセリングが必要な人かどうかを判定しようとしている場合

「苦しい気持ちの時、カウンセリングを利用すれば気持ちが楽になる」という文脈のようにカウンセリングのことを理解している場合は、「カウンセリングを活用する」/「カウンセリングを活用しない」のいずれかを選択することになります。

「カウンセリングが必要である」/「カウンセリングが必要ではない」という選択肢の背景には、「カウンセリングを活用する」/「カウンセリングを活用しない」という単純な選択以外の意味があるように感じます。

多分、「カウンセリングが必要である」は「カウンセリングが必要な状態である」という意味、もう少し突っ込むと、「普通ではない精神状態である」という意味のように思います。

つまり、精神的な病気が疑われる状態かどうかが気になっているときに、「カウンセリングが必要な人」というワードで検索して、それに該当するかどうかを見極めようとしているのではないかということです。

「精神科に行った方がいいかどうか?」に近い意味で使われているような気がします。

この検索ワードから、「カウンセリング」や「心理カウンセリング」というものが一般的になったとは言え、やはり、まだ、一般的なものではなく、特殊な人が利用するものだという印象が残っているように感じます。

話は少し逸れましたが、「カウンセリングが必要な人」というワードで検索をする場合、それが自分自身のことであれ、身近な人のことであれ、当該する人が「精神的に普通ではない状態かどうか?」ということ以前に、 「カウンセリングが必要な人」 というワードで検索している人自身が、苦しい気持ちになっているということです。

特に、他人のことでそのワードで検索している場合は、他人にカウンセリングを受けさせて変化させようとする前に、「自分自身が苦しい気持ちになっている」ということを自覚して、自分自身のダメージを受けた気持ちを回復させようとすることに意識を向けた方がいいと思います。

そして、自分自身の気持ちを回復させる環境を整えた後に、その環境を活用しつつ、「カウンセリングを受けた方がいいかもしれない」と考える対象の相手のことを、考える方がいいと思います。

他人によって苦しい気持ちになるとき、他人を変えることによって、自分を楽にしようとするのではなく、まず、自分を楽にしようとすることが大切です。

これは、心の苦しさに共通で言えることです。

トラウマによって苦しい気持ちになっていると考える場合、トラウマを何とかしようとするのではなく、苦しい気持ちを楽にしようとする方が良いです。

原因を解決すれば苦しい気持ち楽になると考えがちです。

しかし、原因を何とかしなくても、苦しい気持ちは楽になります。

そして、心の苦しさの真の原因は、一般的に意識するようなことではありません。

真の原因は

  • 自分の心に問題があると考えること
  • 苦しい気持ちの原因は心にあると考えること
  • 苦しい気持ちを楽にする方法を知らないこと
  • 「苦しい気持ちを楽にできる方法」以外の方法で、心の苦しさを楽にしようとすること
  • その方法を教えられたとしても、そんなことでは心の苦しさは楽にならないと感じてしまうこと
  • 苦しい気持ちを解消できる方法を実践しようとする気にならないこと
  • 苦しい気持ちを楽にする方法を実践する相手を見つけられないこと(人を見る目が育っていない)
  • 苦しい気持ちを楽にする方法を実践する環境を整えようとしていないこと(実践する人を自分の人間関係の中に組み込めていないこと)
  • 心の苦しさを楽にする方法を実践しないこと

私たちは、原因があるから結果があると考えます。

原因を考えると戻ろうとする力が生じてしまいます。

でも、心の問題は戻る必要はありません。

前に進めばいいのです。

前に進んで、気持ちが楽になればいいのです。

前に進めばいいのですから、原因は必要ありません。

前への進み方さえ分かればいいのです。

それを体験で理解するのがカウンセリングなのだと考えています。

ですから、「カウンセリングが必要か、必要でないか」ではなく、「気持ちが苦しいか、苦しくないか」、そして、「カウンセリングを活用して楽な気持ちになるか、他の方法で楽な気持ちになるか」と考えれば良いのだと思います。