「自分の感情」と「他人の感情」の混乱

前回からの続きです。


【前回のおさらい】

親が子供に感情的に接してばかりいると、次のような心配が生じます。

  • 子供は、自分の感情と他人の感情の区別がわからなくなる
  • 将来、人の顔色を伺ってばかりいるようになる可能性がある

感情というものは、元来、その感情を抱いた人の責任において感じるものです。

例えば、「君の考え方はおかしい」と言ったとき、「君の方がおかしい!」と怒る人もいれば、「どうして、そう思うの?」と冷静に応答してくる人もいることを考えれば、何となく理解して頂けると思います。

「なぜ、それに腹を立てたのか?」ということは、腹を立てた本人が考え、解決したければ解決すれば良いですし、特に問題がないと思えば、本人の責任で放置すれば良いことなのです。

ところが、次のようなことを習慣的に繰り返していると、感情の責任が曖昧になって、相手の感情を自分の責任だと感じたり、相手の感情を自分が解決しようとしたりするようになってしまいます。

  • 親の怒りを静めるために、子供が親の命令に従わせられる
  • 親の不安を解消するために、子供が自分の行動・態度・考え方を改めさせられる
  • 親に心配を掛けないようにさせられる
  • 怒ったり泣いたり落ち込んだりしている親をなだめるために、子供が自分の感情・考え・行動や態度などを詫びさせられる
  • 親が喜びそうなこと(過去に、親が喜んだようなこと)をするように仕向けられる

すると、『相手の感情を修復しなければならない』という超難題を抱え込まなくても良いように、相手の気持ちを敏感に察知しながら、相手が感情的にならないように自分をコントロールするようになるのです。

(相手がつまらなそうにしているときに、「自分がつまらないから、相手がつまらないと思っているんだ」と自分を責めてしまうのも一例です。)

これがTA(交流分析)でいうところの共生関係であり、共依存と呼ばれる状態につながる原因の本質です。