なぜ人々は『タブーの番人』化していくのか

まず、タブーの定義ですが、本来の意味は違うかもしれませんが、現代の人々が使っているニュアンスから

  • 本当のことだけど言ってはいけないこと
  • その場では触れてはいけない話題

と理解して、話を続けていきたいと思います。

最近、テレビに限らずに、他人の発言に、『その発言は不適切だ!』とか、『そんな発言をするべきではない!』と食って掛かる人が増えてきているように感じています。

「そんなこと言わないほうが良いのになぁ~」とかいうような穏やかな感じではなく、発言した人を叩き潰そうとする勢いすら感じてしまうのです。

なぜ、そのような気持ちになってしまうのかについてちょっと想像してみたいと思います。

その環境に少しでもタブーがあると、そこには重大な問題が存在していることを示しています。

そこには、『それを言えば、自分が痛い目に合う何かか起こる』ということを、その環境に存在する大方の人たちが感じてしまっているということです。

ですから、それを言わないように細心の注意を払いながら生活しなければならなくなります。

話は変わりますが、『優しさ』にこだわっている人は、優しいかどうかについてとても注意を払いながら行動しています。

その結果、『優しさ』を実現するために、したくもないことをしてみたり、他の人が優しいかどうかがとても気になったり、してしまいます。

これは、何かが気になる事によって、『我慢し続ける』という状況を発生させてしまっていることを意味します。

そして、その我慢を蓄積させてしまい、終いには、『あなたは全然優しくない!私はあなたにこんなに優しくしているのに!』と相手を責めるようになってしまいます。