第10回 愛して欲しい、認めて欲しい・・・・

(2005/09/08)

例えば、小さい子供が、外で辛い事があって、「お母さんに抱っこして安心させて欲しい」と感じ、それを求めた時に、お母さんが「我慢しなさい!」と抱っこしてくれなかったとします。

子供は、「抱っこ」は我慢するかもしれませんが、「安心させて欲しい」という気持ちは収まりません。

ですから、自分の気持ちを安心させる為の違う要求(例えば、「じゃぁ~、お話聴いてくれる?」など)を、いろいろ考えるだろうと思います。

(このとき、自分の願いの一つを無意識に諦めたということを意味すると思います。)

それでも、お母さんが応えてくれず、安心させてもらえないことが続いたら、最後は、自分の気持ちを満足させる為に、お母さんに何を望めば良いのかが、分からなくなってしまうだろうと思います。

そして、満たされていない「安心させて欲しい」という『漠然とした感覚』だけが残ってしまうのです。

「愛して欲しい」、「認めて欲しい」という感覚も、この『漠然とした感覚』に含まれると考えています。

そして、その感覚には、きっと、応えてもらえずに諦めた具体的な願いが隠されているだろうと思います。

『漠然とした感覚』は、そう感じるに至った人間関係の中では、とても役に立つ感覚かもしれません。

その理由は、その感覚があることで、願っても応えてくれない相手に、再び、同じようなことを願ってしまい、辛い思いを繰り返さなくても済むからです。