第09回 「駆り立てる心の感覚」と「駆り立てられた反応と行動」(その2)

(2005/08/18)

前回は、慣れていない特定の状況で感じる『違和感』によって、自分の望みとは違うものに引き寄せられてしまうことがあるということを説明しました。

今回は、特に意識していない状況でも感じてしまうことがある同様の感覚について、考えてみたいと思います。

例えば、「しばらくの間、君は自由だ!」と言われたとします。

初めのうちは、開放感につつまれるだろうと思いますが、「自分は、何もしていない」、「自分は、何の役割も負っていない(自分は、何でもない)」という状況が長く続くと、「本当に、これで良いのだろうか?」といった疑問を持ち始め、落ち着かなくなったり、何となく苦しい気持ちになったりする事があります。

しかし、苦しい感覚を感じていても、『自由』という何の制約もない状況では、その具体的な原因が見つからないのは当然のことだろうと思います。

ですが、何とかして苦しさの原因を理解し解決したいと思うので、「自分の心に原因があるのかもしれない・・・」とか、「自分をこのような状況に置く人や環境に原因があるのかもしれない・・・」というような『漠然としたこと』に原因を求めなければならなくなってしまいます。

そして、たまたま気になったことを真の問題と考えて解決しようとしてしまうのです。