第08回 「駆り立てる心の感覚」と「駆り立てられた反応と行動」(その1)

(2005/07/28)

1.駆り立てる心の感覚

例えば、「これから先の食事では、利き腕と反対の手で、箸を持たなければならない」という命令を受けたとします。

そのように対応しようとした時、ほとんどの人は、箸を持つ手に違和感を感じるのではないかと思いますし、そんな予測から、その命令自体に対しても、違和感を覚えるかもしれません。

そして、その違和感から開放されるようとして、命令に従わなくても良い理由を、あれこれと考え始めるだろうと思います。

また、もし、その命令に従わなければ自分に危害が加えられるとしたら、箸をもとの手に持ち替えることは諦めて、なんとか納得しようと、その命令を正当化するための理由を考え出そうとするかもしれません。

この慣れない行動をしようとした時に感じる違和感が、自分を何かに駆り立てる心の感覚の正体ではないかと考えています。

この例における命令は、外から与えられた価値観の一つに過ぎません。

また、「そもそも利き腕って何なの?」と考えてみると、ただ単に「慣れている」という事に過ぎないという側面もあります。

しかし、『異なった価値観』『慣れていること』という条件が揃うと、そこに違和感を感じ、その違和感を感じるというだけで、あれこれと考えを巡らせてしまうところがあるのです。