先日、NHKスペシャルで知ったオキシトシン

先日、NHKスペシャルで二夜連続シリーズ「ニッポンの家族が非常事態!?」というのを見ました。

  • ニッポンの家族が非常事態!?1▽わが子がキレる本当のワケ
  • ニッポンの家族が非常事態!?2▽妻が夫にキレる本当のワケ

その二夜目に、オキシトシンというホルモン(?)が紹介されていました。

内容を簡単に紹介すると・・・。

喧嘩がちの夫婦が登場し、いすに座ります。

はじめは、やはり険悪な雰囲気です。

途中、研究者が登場し、オキシトシンを夫婦それぞれの鼻の穴の中に、シュッシュとスプレーします。

しばらく待ってから、夫婦は、最初と同じ位置に腰掛けます。

すると、あら不思議!

お互い見つめ合い、手を取り合ったりして、最初の険悪な雰囲気が嘘のよう。

二人とも優しい感じで接していました。

これは、おもしろいと思いました。

「カウンセラーは否定しない」について

似たことを、前にも書いたかもしれませんが、ふと頭に浮かんだので、ちょっと書いておきます。

電話相談のボランティアになるための勉強をしていた頃、

「相談者を否定してはいけない」と教わりました。

カウンセラーになるための勉強をしたときも、カウンセラーの基本姿勢として

  • 無条件の肯定的関心
  • 自己一致 ・・・ 「思っていること」と「言っていること」を一致させること
  • 受容・共感的理解

といったことを習いました。

考えの告白

ところが、この「相談者を否定してはいけない」「自己一致」を守ろうとすると、

相談者が、例えば、犯罪につながりそうな考えを話したとき、

  • 相談者の言ったことを肯定すれば、犯罪を容認することにならないか?

という疑問が生じ、相談者を肯定できない状態に陥って困ってしまいます。

このような時には、どうしたら良いと思いますか?

  • 教えの通りに、相談者を無条件に肯定しますか?
  • 教えに逆らって、相談者の言ったことを否定し、正しい方向に導こうとしますか?

「生物多様性のウソ」という本を読みました。

自分の心を考えるときの参考になるかもしれないので、最近、ちょっと考えたことをご紹介します。

先日、生物多様性のウソ (小学館101新書)という本と出合いました。

本を読むことにしたきっかけは、本をパラパラめくっていたときに、「納得できることを正しいと考える人間の欠陥」という小見出しを見つけたことでした。

それは、私が日頃考えていたことと同じだったからです。

この人は、具体的には、どのようなことを、そのように表現しているのだろう?

そのような興味から読むことにしました。

面白かったです。

今まで、自分にはなかった視点が、沢山紹介されていました。

本当に、読んで良かった!

他の人は、どのように思っているのだろう?

そう思って、Amazonで他の読者のレビューを見て、ビックリしました。

自分の感覚とは逆で、低く評価する人が、とても多かったのです。

カスタマーレビュー(生物多様性のウソ)

こんなに面白いのに、どうして、評価が低い人が多いのだろう?

とても不思議だったので、なぜ評価が低いのかを、レビューを読みながら考えてみました。

それで、ちょっと気づいたことがあるのでを書きます。

「後悔しない生き方」のための『過去・現在・未来』のイメージ

誰でも、次のような言葉を聞いたことがあると思います。

  • 「他人と過去は変えられない」
  • 「過去は変えられないけど、未来は変えることができる」

そして、たぶん、誰もが「それは、もっともなことだ」と受け入れていると思います。

  • 『過去』って何なのでしょう?
  • 『現在』って何なのでしょう?
  • 『未来』って何なのでしょう?

あらたまって問われると、答えに困ってしまうと思います。

今回は、『過去』、『現在』、『未来』という言葉をヒントにして、「後悔しない生き方」を考えてみます。

ちょっと、分かり難い話かもしれないのですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

自然なコミュニケーションの回復を妨げる3つの壁

自然なコミュニケーションを取り戻して心の苦しさから解放されるために乗り越えなければならない3つの壁について説明します。

(自然なコミュニケーションを取り戻せば、心の苦しさから解放される理由は、『 心理カウンセリングに価値を見出せない方へ ・・・ 心理カウンセリングが心に働く理由 』を参考にして下さい。)

【第1の壁】 問題意識の固着

「心に問題がある」という認識は、不健全なコミュニケーションによって感じさせられる不快感を「心の問題によって生じる苦しさ」と解釈することによって生み出されます。

そのように考えるようになってしまう背景について説明します。

例えば、ひどいことを言って相手をつらい気持ちにさせてしまったとします。

本来ならば、「少し言い過ぎてしまった、ごめん」というように謝ってもいい場面です。

しかし、そんなときに、逆に、「こんなことを言われたくらいでメソメソするんじゃない」、「おまえの心が弱いからつらく感じるんだ」、「おまえがきちんとすれば、私もこんなことを言わなくても済むんだ」などと責める人がいます。

自分が「つらい気持ちにさせた責任」は棚に上げて、それを「つらい気持ちになった責任」として相手に押しつけてしまうのです。

このようなコミュニケーションは、他人の感情を受けとめることが難しい人がやってしまいがちです。