生命活動に関する「解釈」の例

3年ぐらい前に、National Geographic (ナショナルジオグラフィック )で、エベレスト登山の特集をやっていました。

その中で、凍傷になるメカニズムの説明があったのですが、それまでの自分の認識と全く違っていたので驚きました。

それまでの理解は、「手足が冷えすぎることによって細胞が破壊されて、凍傷になる」という感じです。

間違いとは言い切れない部分もあるのですが、でも、正しい理解とは程遠いものです。

番組では、次のような説明がされていました。

  1. エベレストの山頂付近は、気温が低く、また、酸素も薄いので、生命にとっては危機的な環境である。
  2. そんな環境を登山する中で、人の意識ではなく、人間という生命体が、何らかのきっかけによって危機を感じ取る
  3. 危機を感じた生命体は、生命を維持するために大切な体の中心部分(心臓や内臓など)を守ろうとする機能が働き始める
  4. その働きによって、全身の血液を、体の中心部に集めようとする
  5. 生命体は、「生命の維持」が最優先だと認識し、手足の指は、優先事項から除外される。
  6. その結果、手足の指への血液循環しなくなり、凍傷になる

そんな感じです。

正確ではないと思いますが、ここでと伝えしたかったのは、凍傷は「寒さの厳しい過酷な環境によって凍傷になってしまう」などという受動的なものではなく、「過酷な環境でも生存し続けるために、自らを凍傷にする」という主体的は反応だったということです。