変数t(時間)は、あらゆるものを粒子(点)に変えてしまう

例えば、時速60 キロ / 時 で走る全長 30 メートル、重量 10 トン のバスが、30 キロ 先の地点に到着するには、どれだけ時間がかかるかを考えてみます。

30 キロ ÷ 60 キロ / 時 = 0.5 時間

この数式にも、何の疑問も持たないことでしょう。

しかし、ここには大きな魔法が隠されています。

「何でも、点(粒子)にしてしまう」という魔法です。

この計算で求まる時間は、30メートルのバスが到着する時間ではなく、バスを大きさのない一次元の点であると仮定して、その点が到着する時間を計算しています。

つまり、時間(t)を含む数式 にした時点で、全長30メートルのバスは、瞬時に、長さも面積や体積もない、ただの点になってしまうのです。

関連して運動エネルギーなど様々ことを数式によって求めることが出来ますが、それらには必ず 時間(t) が変数として組み込まれ、重量までもが、その点が持つものだとして扱われます。

詳しいことは分かりませんが、恐らく、運動が絡む事象に関する様々な観測機器は、 時間(t) という概念が組み込まれた理論によって構築されているのではないかと思います。

ちょっと違うかもしれませんが、ブラウン管に表示されるテレビ画像が、画面上を素早く動く走査線によって生成されていることに似ていると思います。

平面に見えるけれども、電子機器の動作を短い時間で見てみると、ブラウン管のある座標に点を描写しています。

この逆のことが、観測の時に起こっているということです。

つまり、現代の観測機器は、現象を点としてしか観測できないということです。

ですから、点でしか観測できない機器によって観測した結果の正しい解釈は、「スリットを通過した光によって干渉縞が出来ることから、光は波であると類推できる」ということになります。

「光が波と粒子の両方の性質を持つ」というのは、 時間(t) が持つ魔法を理解できていないから陥る妄想なのです。

仮に、光を光子として観測する機器でバスを観測したら、やはり、バスも粒子だという理解になることでしょう。

そして、粒子性を持つバスをスリットに向けて走らせると、理論的には、粒子性を持つバスがスリットを通過することが出来るはずなのに、実際には通過出来ないことを、「バスの粒子性喪失の謎」などといって、粒子がスリットを通過しないことに、謎を感じることになるのだと思います。

実際は、観測機器を用いなくても、バスは目視で観測することができますから、スリットを通らないことは明らかで、そのように考えることはありません。

しかし、観測機器だけを頼りに考えると、きっと、そのような謎に直面してしまうことになると想像します。