言語化する前の「心の中のイメージのようなもの」

少し前に、「心ゆさぶれ!先輩 ROCK YOU」で、矢野顕子さんが興味深い話をしておられました。

矢野顕子さんが、幼稚園の時、お母さんから、「今日はどうだった?」と尋ねられて、言葉で答える代わりに、ピアノを弾いて聞かせ、そのピアノ演奏を聴き終えたお母さんは、「そう、楽しかったのね!」といったという内容でした。

また、つい最近、楠田枝里子さんが、同じ番組で、おもしろいことを言っていました。

— 心ゆさぶれ!先輩 ROCK YOUさん (@senpai_rockyou) 2013年4月27日

こんな絵です –> パウル・クレー Heroic Roses

>> その絵が「大丈夫、頑張ってね!」といっているように感じた。

以前だったら、「感じ方は人それぞれだから・・・」といった感じに思っていたかもしれませんが、最近色々考えていて、ちょっと違う受け止め方をしました。

人が誰かに「大丈夫、頑張ってね!」と言葉で伝えようと思うとき、もしかしたら、私たちに浮かぶ「言語化する前の、もとになるイメージ」は、「パウル・クレー Heroic Roses」の絵のようなものなのかもしれない・・・

私たちに浮かぶイメージのようなものは、普通は、言葉に変換して伝えますが、言葉以外にも、絵で表現したり、音や音楽として表現したり出来るような気がします。

本当であれば、テレパシーでも使って、そのイメージのようなものを、そのまま伝えることが出来れば良いのですが、今のところ、人間には、そのような能力は発見されていません。

最近一般的になった携帯のスキャナーなどで読み込むQRコード(二次元バーコード)というものがあります。

白黒のモザイク模様の中に、膨大な情報が詰め込まれています。

もしかしたら、音や音楽、絵などを活用すれば、言葉にはできない膨大な情報が詰め込まめるのかもしれない・・・なんて想像してしまいました。

芸術家は、人の内的世界のそのような表現が困難なイメージを、表現しようとしているのだと思っています。

それを分かりやすい絵や音楽に組み込んで表現しようとする人もいれば、それをまるのまま抽象的な絵や音や音楽として表現しようとしている人もいます。

テレパシーを使えない人間が、自分の内面を、言葉以外のもので表現して伝える為には、五感(触覚、聴覚、味覚、視覚、臭覚)の感覚に置き換えて表現し、相手の五感を通して、受け取ってもらい、相手の内面の世界に再現してもらうしか方法はないでしょう。

自分の中に浮かんでいるイメージを、ありとあらゆる感覚器官に伝えることが出来る刺激に置き換えて、それらが融合したものとして表現すると他人へと伝わる確率が高まりそうな気がします。

芸術とは、そんな作業なのだと思います。

そんなことを考えていると、芸術家が、科学者のように思えてきます。

世の中を、

  • 数式で表そうとしたニュートン幾何学
  • もののかたちで現そうとしたトポロジー

(他にもいろいろあるとは思いますが・・・)

そして、人の内面を表現しようとするのが、芸術と呼ばれる分野なのかもしれません。

現代人は、芸術を「科学」とは思っていないでしょう。

でも、このようなことを考えていると、人(自分)の内面を表現しようとしている人も、科学者であるような気がするのです。

科学を突き詰めていくと、戦争の兵器の威力をアップさせてしまうところがあります。

同じように、芸術も、突き詰めて研究しすぎると、そんなことにつながらないとも言い切れないような気がします。

もしかしたら、変な音楽を聴かせながら、変な絵を見せれば、記憶だけでなく、感情を含めて、人の様々なことをコントロールできるシステムが作れるかも・・・。

余談ですが・・・

(1)○○の感情の時に、××な音楽を聴きたくなる

(2)××な音楽を聴くと、○○の感情が生じる

普通、(1)のように、私たちは、気分に合わせて、音楽を選ぶようなところがあると思います。

でも、(2)のようなところもあるかもしれないので、聴く音楽には、気をつけた方が良いかもしれません・・・

(どう気をつければ良いのかは、かわ分かりませんが・・・(苦笑))

見る絵や写真や映像も・・・

また、最近では、「サブミナルは効果がない」ということになっているようですが、やっぱり影響があるように思えます。

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