幻肢痛(ファントムペイン)への対処に関する仮説

手や足を失ってしまった時、実際には存在しない手や足に対して、痛みを感じることがあるという話をテレビ番組で何度も見たことがあります。

私個人の話ですが、最近、脳の全体としての働きが以前に比べて随分理解できてきたと思っています。

で、ふと、幻肢痛について思ったのですが、NLP(Neuro Linguistic Programing(神経言語プログラミング))という流派?で用いられているビジュアル・スクアッシュという手法を応用すると解決できるかもしれないと思っています。

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脳の働きと量子コンピュータ

催眠療法をしていて、

「人は答えを知っているのかもしれない」

と感じたと、このブログか、「読むカウンセリング」あたりで書いたことがあったと思います。

ちょっと探してみたのですが、見つけられなかったので、

本論に入る前に、催眠療法の中で起こった現象を、少し説明しておきます。

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たまたま、脳のイメージ創造力を体験しました。

錯視 と 錯聴 を体感できるサイトがあります。

直リンク  http://www.kecl.ntt.co.jp/IllusionForum/

リンク先では、たくさんの例が紹介されているので、おもしろいです。

錯視と錯聴を1つずつピックアップします。

■「ない物」が見える

http://www.kecl.ntt.co.jp/IllusionForum/v/kanizsasTriangle/ja/index.html

■「しない音」が聞こえる

http://www.kecl.ntt.co.jp/IllusionForum/a/maskingPotentialRule_levelRelationship/ja/index.html

リンク先のサイトで遊んでいると、

私たちは、「感覚器官によって把握したことに、脳が記憶などによって補ったもの」を、『現実』だと思っている

ということが実感できると思います。

リンク先のような特殊な環境を作らなくても、普通の生活の中でも、この錯視を実感することがありましたのでご紹介します。

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「決断のしくみ」と『進化の決断』に関する妄想

4月29日にNHK Eテレで放映された地球ドラマチックのタイトルがおもしろそうだったので、録画しました。

でも、何となく見る気にならずに、そのまま放置。

先週、ようやく見ました。

タイトルは、「動物は何を考えているのか?」

概要をNHKのホームページから引用しておきます。

「動物は何を考えているのか?」
本能のままに生きているように見える動物たち。彼らは何かを考えて行動しているんだろうか…。

ユニークな実験を通して、そんな疑問を解消!

動物の“思考”を徹底検証する。

動物に“モラル”はあるのか?

2匹の犬に「お手」をさせ、片方だけに褒美をあげ続ける。

犬に不公平という感覚はあるのか。

ネズミは、見知らぬ仲間が、おりに閉じ込められて窮地に陥っているのを見て、助けようとするのか。

また、動物の“決断”の秘密にも迫る。

ハチの群れは、離れた場所に2つの巣箱があるとき、より条件の良い方を選んで巣作りをする。

群れは、この“決断”をどうやって下しているのか。

番組内のサブテーマのそれぞれが、それぞれにおもしろかったです。

再放送などがあれば、是非、見てみて下さい。

その中で、私の最近の妄想にマッチするものがありました。

それは、ハチの決断に関するものです。

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言語化する前の「心の中のイメージのようなもの」

少し前に、「心ゆさぶれ!先輩 ROCK YOU」で、矢野顕子さんが興味深い話をしておられました。

矢野顕子さんが、幼稚園の時、お母さんから、「今日はどうだった?」と尋ねられて、言葉で答える代わりに、ピアノを弾いて聞かせ、そのピアノ演奏を聴き終えたお母さんは、「そう、楽しかったのね!」といったという内容でした。

また、つい最近、楠田枝里子さんが、同じ番組で、おもしろいことを言っていました。

— 心ゆさぶれ!先輩 ROCK YOUさん (@senpai_rockyou) 2013年4月27日

こんな絵です –> パウル・クレー Heroic Roses

>> その絵が「大丈夫、頑張ってね!」といっているように感じた。

以前だったら、「感じ方は人それぞれだから・・・」といった感じに思っていたかもしれませんが、最近色々考えていて、ちょっと違う受け止め方をしました。

人が誰かに「大丈夫、頑張ってね!」と言葉で伝えようと思うとき、もしかしたら、私たちに浮かぶ「言語化する前の、もとになるイメージ」は、「パウル・クレー Heroic Roses」の絵のようなものなのかもしれない・・・

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