オール・オア・ナッシング(全てか無か的思考)

オール・オア・ナッシング(全てか無か的思考)という言葉に出合ったとき、その説明としてあるのはその考え方の特徴が示されているだけの場合がほとんどのような気がしています。

もともと何かを解決したいと思っていろいろと調べていたのに、そんな説明に出合ってしまうと、『オール・オア・ナッシング(全てか無か的思考)』という傾向性をもって生まれてくる人がいるというような錯覚に陥って、なぜそうなってしまうのかと考える意欲を削ぎ取られてしまうことがあるかもしれません。

そして、自分は、「オール・オア・ナッシング」といういけない思考の持主なんだというように考えてしまうと、

  • その考えの傾向
  • それに伴って生じる苦しい気持ち
  • そして、そんな自分に対する自己否定的な感覚

などを、これからも死ぬまでずっと抱えて生きていかなければならないような気持ちになってしまうだろうと思います。

これは、『自分の人生=苦しい』という等式が成立したことに等しく、気持ちを楽にする意欲や自分を大切にしながら生きていく意欲を失ってしまっても不思議ではないような気がします。

また、たとえ、解決しようと取り組むことが出来たとしても、『その考えを理解する』ということよりも、『その考えを手放す』ということの方ばかりに意識が集中してしまい、その考えを手放している振りはできても、本当の意味でそれを手放すことからは程遠い状態となってしまいます。

これは、一見、解決を目指しているようなのですが、解決したいという気持ちとは裏腹に、『オール・オア・ナッシング(全てか無か的思考)』という言葉のとりこになってしまうところがあります。

これから書く内容は、そんな状況から抜け出すヒントになればと思います。