02 誰でも同じように感じる苦しさ

2-1 生じた感覚に関する基本的な考え方

机の角に頭をぶつけたら痛いということは想像できますし、実際にぶつけると相当痛いです。

それと同じように、例えば、上司や先生に怒鳴られると、悲しい気持ち・嫌な気持ちになるのも当たり前のことです。

他にも、人それぞれに、悲しい気持ち、嫌な気持ち、苦しい気持ちにさせられる出来事や経験はたくさんあります。

出来事と感情の関係は人それぞれで、「この出来事の場合はこの感情との結びつきが正しい」とか、「この出来事とこの感情の結びつきは間違っている」などということはありません。

これが分かっていないと、自分の感情や他人の感情を否定してしまいやすくなります。

例えば、つらいときに、「こんなことでつらくなるなんて、どうして自分の心はこんなに弱いんだ」と自分を責めたり、自分にとって嬉しいことを「こんなことで喜んでいてはいけない」と自分に言い聞かせるようになってしまいます。

また、「そんなことで落ち込むなんて、あいつは弱いやつだ」、「そんなことで喜んでいるなんて、あいつはつまらないやつだ」などと、他人の感情を否定することにもなってしまいます。

しかし、否定されるべき感覚や感情はありません。

どんなときでも、人に生じる感覚や感情の全ては正しいのです。

この当たり前の感覚や感情を「感じては駄目だ」と否定するのではなく、その感覚や感情の背景を正しく理解し、適切に対処しようとすることが大切です。

感覚や感情を表に出さないように我慢したり、否定したり、感じていない振りばかりしていると、感覚が麻痺して自分が何を感じているのかが分からなくなってしまいます。

自分の心身の疲労にも気付きにくくなりますから、休息が足りないまま頑張り続けてしまい、心身症といった形で体調を崩しやすくなってしまいます。

また、心理的に感覚が麻痺している状態では、自分にいろいろな感覚が生じていることに気付かずに、たまたま気になったことに意識が集中してしまいやすくなっています。

そして、ある特定の感覚にとらわれてしまうと、心気症といった形で身体的な不安に結びついてしまうことがあります。

ですから、特定のことに意識が集中してしまわないように、自分のいろいろな感覚や自分以外のことをバランスよく感じる状態に保ち、自分本来の感覚を麻痺させないようにすることが望ましいのです。