09. 家庭の構造

『「泣いても仕方ない」という暗示』の背景には、日本の文化が影響しているだろうという話は前節でしました。

そんな背景のもと、「泣いても仕方ない」ということを強烈に印象付ける恐れのある状況が、今の日本の家庭に蔓延しつつあると思います。

その背景を説明する前に、今節では、家庭の構造(親と子という構造)から普通に生じる事象について説明しておきたいと思います。

  • この節を呼んで頂く際の注意としては、「ここでは、その良し悪しについて一切述べるつもりはありません。」ということを理解しておいて欲しいと思います。この節に書くことは、普通に起こりがちなことだと、ただ、知っていただければと思います。(本当の問題については、次節で説明させて頂きます。)
  • 主に小学校に入る前の幼児期の子供と親という関係をイメージして読んで頂ければと思います。

09-01. 子育ての前提

何が子供の心の成長にとって大切なのかということは、結局のところ、何が正解で何が不正解かということは、分からないというのが正直なところだろうと思います。

そんな中でも、親は子供のことを思い、最善と思う対処をしようと努力していると思います。

しかし、親はいくら一生懸命に取り組んだとしても、自分の「お願い」を子供に聞き届けてもらえない(簡単にいうと「親の思い通りにならない」)という状況が日常的に繰り返されます。

そんな状況でも、いつも『子供の心の成長』ということを大切に考えて対処できれば良いのですが、親も人の子、それを最優先で考え続けるということは、恐らく不可能な事だろうと思います。

このことは、親も自覚しておく必要があると思います。
これを自覚せず、理想を求めすぎてしまうと、自分自身を追い詰めてしまうことになる恐れがあるからです。
そして、今の自分を、「無理な状況でも、良く頑張っているよ」と認めてあげることが大切です。

子供と親の感情が衝突

ということで、子育てに取り組んでいると、程度の差はあると思いますが、必ず、親の思い通りにならずに、親が感情的になってしまって、子供とぶつかる場面に出くわすはずです。

特に、子供の理解力や知識が乏しく、行動の自由度の高い幼児期は、そのような事態が発生する確率は非常に高いと思います。

子供と親の感情が衝突したときの対処

これからが重要です。

親が感情的になってしまった場合、子供は、親が感情的になったことに対して、反抗していては、その戦いに終止符を打つことができません。

子供は、初めは自分の気持ちを理解してもらおうと、思っている正直な気持ちを親に伝えようとするかもしれません。

しかし、親が感情的になってしまっていては、それが親に伝わって解決に至る確率は低いだろうと思います。

しかし、親と和解しなければならないという課題は、どういうわけか子供に課せられている状態は継続しています。

そんな状況で、残された和解への唯一の道は、黙る、そして、親に従うということです。

そこで親は「自分の言っていることを子供が受け入れた」と理解し、ようやく、親の感情はクールダウンし始めるのです。

親が『しつけ』だと主張しても、親が感情的になっている場合、それは『しつけ』ではなく、ただの親子喧嘩です。
一般的に、喧嘩になった場合は、お互いを理解し許し合う状況(仲直り)にならない限り、お互いに嫌な気持ちが残ってしまいますが、親子喧嘩の結末は、不平等条約が結ばれているようなところがあります。
その不平等条約のもとで、子供は、親の感情を受けとめ終わりにしなければならず、結果として、子供だけが嫌な気持ちになっていることが多いような気がします。
しかし、親は、それでも怒りが治まっていなかったり、逆に、「子供に自分の言っていることを理解してもらった」と錯覚してしまって気持ち良くなっているので、子供に生じている嫌な気持ちを思いやれない場合がほとんどだと思います。
まとめると、普通の時は、親が子供の感情を「そうかそうか」と受けとめて昇華させるような対応ができると思いますが、親が感情的になってしまうと、一見『親が子供をしつけている』ように思える光景の中で、実は『子供が親の感情を受けとめる』という親子逆転現象が起こっているということになると思います。

このとき重要なのは、

解決したのは親の感情だけであって、子供の感情は解決しないまま放置されている

ということです。

しかし、子供は、その時の嫌な気持ちを、戦いの発端となった親に言うことはできません。

なぜなら、収まったはずの戦いが、再燃してしまう恐れがあるからです。

このようにして、その状況では、自分に生じた嫌な気持ちは、自分ひとりでこらえるしかなくなってしまうのです。

  • 自分の気持ちを言うと親が感情的になる
  • 親が感情的になっている状況に再び自分を置くつらさよりはよりは、嫌な気持ちを我慢している方がマシ

と考えるようになってしまうのです。

それは、親の感情は、子供が受けとめなければならないということを意味しています。

そして、それに至る過程で、「どうしたら自分の気持ちを満たすことができるのか」という思考ではなく、どちらのつらさを選ぶのかという最悪の選択(葛藤)に自分を追い込まなくてはなのです。

しかし、この状況は当たり前に発生することで、真の問題ではないと思っています。

このような状況は、子供が成長して家庭から出るようになれば、家庭以外でも結構体験することでしょうし、大人になれば、日常的に体験するだろうことだからです。

では、真の問題とは何なのでしょうか?

それは、親の感情に直面した時に、どちらの結論を出したとしても、自分の中に生じるであろう嫌な気持ちを大丈夫にする道筋が無いところにあると考えています。

次節では、嫌な気持ちを大丈夫にする道筋とはどういうものか?について説明したいと思います。