協力という名の非協力

私の経験

「罰としての父親」と「罰としての私」 で説明したように、子供の頃の私は、父親との接触を避けるように過ごしていました。

そんな父親を避けようとする私に、母親は「とうちゃんが帰ってくる音がしたから、もう向こうへ行っときなさい」といった感じに、私が父親から逃げることをサポートするような関わり方をしました。

父親を避ける子供に、子供が父親を避けることを手伝う母親。

あまり深く考えなければ、母親は子供の味方をしているように思えます。

子供の頃の私も、「母親が自分のことを助けてくれている」と思っていました。

でも、本当は違いました。

父親を避けたい気持ちは前面に出ていましたが、私には、別にもう一つ、大切な本当の気持ちがあったのです。

それは、「父親と仲良くなりたい」という気持ちです。

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