「罰としての父親」と「罰としての私」

私の経験

幼児期の私は、父親には、ほとんどなついていませんでした。

(参考  普通ではなかった家庭 (サイト名:読むカウンセリング))

父親は、私にとっては日常的な存在ではなかったので、一緒にいると落ち着きませんでした。

一緒にいると、どうして良いのかわからず、不自由な感じになってしまいます。

父親は、食事などの用事が済めば、自分の部屋に戻って、テレビを見たり、本を読んだりするのが習慣です。

父親が、居間にいる間は、父親が優先される雰囲気があったので、私は、見たいテレビがあっても、見ることができません。

だから、早く自分の部屋に戻って欲しいと思ったものです。

かといって、嫌いだったかというと、そうではありません。

ただ、居心地が悪かった、どのように一緒にいれば良いのか分からなくて困ってしまうという感じでした。

その困る感じから逃れるために、父親が部屋に戻るまで我慢しきれないときは、自分が別の場所に行って、父親が部屋に戻るのを待っていたりもしました。

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