兄弟げんかへの関わり方

兄弟げんかへのかかわり方を考えるときのポイントは

兄弟姉妹は、多少の年齢の違いはあるものの、大きな意味では、みんながみんな、ただの子供だ

ということです。

ですから、生まれた時期が、ほんの数年前後するだけで、お兄ちゃん・お姉ちゃん、弟・妹扱いされるのは、子供から見れば、すごく理不尽なことなのです。

ですから、兄弟喧嘩の仲裁するときに、親が口にしがちな

  • お兄ちゃんだから我慢しなさい
  • お姉ちゃんだから我慢しなさい
  • もう大きいのだから我慢しなさい
  • まだ小さいのだから、大きくなるまで我慢しなさい

などの言葉は、子供たちにとっては、何の説得力もありません。

自分の気持ちを封じ込めてしまう呪いの言葉でしかないのです。

では、どうすればよいのか?

それは、

対等な望みと望みがぶつかり合っている

という立場で対処するということなのだろうと思います。

つまり、

  • どちらも悪くなく
  • そして、どちらも悪い

ということです。

この立場のもとで、あとは、皆さんのやり方で対処すれば良いだろうと思います。

ちなみに私は、あぐらをかいて座り、泣きながら叩きあう2人を一緒に、自分のそれぞれの太ももの上に載せて、叩いたことは悪いと教えながらも、 二人の頭を撫でたり、二人の背中をさすったりしながら、 「おまえは、どうしたかったの?」 「そうかそうか・・・、そうだね、そうしたかったんだね・・・、困ったね。」 「おまえは、どうしたかったの?」 「そうかそうか・・・、そうだね、そうしたかったんだね・・・、困ったね。」 と、それぞれの気持ちを聞きながら、一緒に困ってあげるようにしています。
しばらくやていれば、勝手に仲直りして、何事もなかったかのように、遊び始めます。
やれやれ・・・
あの喧嘩は何だったのだろう?
真面目に白黒つけさそうとするのはしんどいだけですし、兄弟のそれぞれに不満が残るものです。

この「望みのぶつかり合い」は、個人の中に生じる葛藤と似ています。

自分の中に葛藤が生じたときも、同じように、しばらく二つの気持ちの中で困ればよいのです。

のんびり葛藤していれば、答えが自然に出てくると思います。

兄弟げんかに対して、どちらかに我慢を強要したり、どちらかが悪いと決めつけたりしていると、その子供が大きくなったとき、自分の中に葛藤が生じたとき、片方の気持ちを悪い、片方の気持ちを悪くないと考えて、葛藤をうまく処理できなくなるところがあるだろうと思います。

葛藤については拙著『あなたにもある心を回復する機能』のp.55で『正しい葛藤と誤った葛藤』というタイトルで説明しています。
自分では、結構、うまく説明できていると思っています。
もし、ご興味があれば読んでみてください。