子供の眺め方

赤ちゃんは、必要最小限のこと以外は、ほとんど何も出来ない状態で、この世に生まれてきます。

そんな赤ちゃんが、一人前の人間に成長していく流れを、親がどのように受け止めたら良いのかということを、少し考えてみました。

生まれた頃は、ほとんど何も出来ないことは、恐らく、無条件に受け入れることが出来ると思います。

そして、「笑った」とか、「手を握った」とか、 「寝返りをうった」とか、「頭を持ち上げた」とか、「座った」とか・・・・、新しいことが、ゆっくりとしたペースで出来るようになる毎に、お父さんやお母 さんは、とても嬉しい気持ちで、赤ちゃんのことを褒め称えることだと思います。

つまり、子供は、新しい何かを出来るようになることで、親が、それを褒めるという行動をしながら喜ぶための口実を与えてくれる、ということなのだろうと思います。

また、赤ちゃんが、何も出来なかったことを思い起こせば、各成長の段階ごとの、子供の全ての行動は、『できるようになったこと』であるという見方が出来るのかもしれないと思うようになってきました。

つまり、「例えどんな行動をしたとしても、それは成長の証かもしれない」ということです。

子供を叱ってるの?それとも、怒ってるの??

小さな子供と長く過ごしていると、イライラすることもたくさんあると思います。

そんな中で、子供に対して、何かを強く要求している時、

  • 「これは『しつけ』なの?、それとも、子供に自分の『イライラ』をぶつけているの?」

ということが分からなくなってしまっている自分に気付きました。

そんな時、最近、心がけていることを少し書きます。

「そんなこと、当たり前だよ!」なんて言われるかもしれないのですが・・・・。

子供を叱った後で、

1.「どうして怒られたかわかる?」と子供に問いかけます。

まだ小さいので全然説明にはなっていないのですが、何らかの文章を言い切ったと感じられるところまでゆっくり待って聴いてあげます。

次に、

2.怒った理由を、小さな子供でもわかるように、5W1Hなど文章を省略したりせずに、丁寧に、客観的に話してあげます。

もし、自分が感情的に怒っていたとしたら、この説明のつじつまが合わなくなってしまうように感じています。

また、説明が最後まで済んでいないのに、説明を途中で止めたいと感じるときも、要注意な気がします。

3.感情に任せていたことに気付いたら謝る

自分が、理不尽な要求や独りよがりの考えによる要求を押し付けていたことに途中で気付いたら、謝るようにしています。

今は、こんなやり方が良いのかもしれないと思っています。

(子育てって、常に、試行錯誤ですね(苦笑))

お兄ちゃん、お姉ちゃん

2人以上の兄弟のときに、例えば、「お兄ちゃんだから、我慢しなさい」って、言ってしまいがちではないでしょうか?

「お兄ちゃんだから我慢しなさい」と同じような感じで、「お兄ちゃんなんだから、年下の子には優しくしてあげないとダメでしょ!」とかいう言葉も、言ってしまいがちかもしれません。

たぶん、他にもよく似た言葉は、たくさんあるような気がします。

でも、当たり前のように使ってしまいがちな言葉なのだけれども、言われた方にとっては、

「なんで、お兄ちゃんだったら、我慢しないといけないの?」

「なんで、お兄ちゃんは、年下の子に優しくしないといけないの?」

・・・

「なんで、なんで???」って気持ちになるようなとても不思議な言葉なんだろうと思います。

たまたま、ほんの数年この世に早く生まれてきただけなのに、その人生のはじまりの時期から、『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』という役割を負わなければならないというのは、なんだか酷な感じがしませんか?

子供の悩みへの対応

自分の子供が、何かに悩んでいることに気づいたとき、あなたは、どちらに目が向きがちですか?

①子供が直面している問題の解決方法

②悩んでいる子供自身の気持ち

①に目が向いてしまうことも多いかもしれません。

そして、「~~したらいいんじゃない」とか「~~しなさい」とか、「そんなこと、あなたが悩まなくても良いんじゃないの!?」とかアドバイスをしたり、或いは、解決方法が分からなくて一緒に悩みこんでしまったりすることはあるかもしれません。

でも、前回『親の喜び・子の喜び』の章で書いたことと同じように、やっぱり、子供の気持ちが疎かにしてしまっている部分があるような気がします。

だから、子供が直面している問題の解決よりも、子供が、そのことを、どのように感じ、どのように考え、どのように悩んでしまっているのかという気持ちを理解しようとする方が大切かもしれないと思います。

それは、その時々にふさわしい言葉を教えてくれるかもしれませんし、子供が「自分自身の気持ちを理解してもらえた」と感じられたことで、悩みの重要な部分が解決してしまうこともあるかもしれないと思います。

親の喜び・子の喜び

普通の人間関係でもそうですが、大人が子供と関わるときに、特に大切だと感じて、気をつけようと思っていることを、少し書いてみたいと思います。

例えば、子供が学校のテストで90点をとって来たとします。

あなただったら、その答案用紙を見て、どのように声をかけてあげますか?

①90点とれて、よかったね!

②100点とれなくて、残念だったね!

この2つの例の、どちらが正しいとか間違っているとかいうことは、今の段階では言えないと思います。

もし、言ってしまったとしたら、それは、親の一方的な気持ちだけで反応してしまっていることの方が多いような気がします。

では、その時々においての、その子供にふさわしい言葉の違いは、何から生じるのでしょう?

例えば、その子供が80点を目標に頑張っていたか、100点を絶対に取ろうと思っていたのかによるかもしれません。

80点を目標にしていたものの、テスト を受けた実感としては100点がとれるかもしれないと楽しみに思っていたかもしれません。

また、毎回、100点をとらなければならないような気がして、と てもプレッシャーを感じて過ごしているのかもしれません。

つまり、その子に気持ちを聞いてみないと、何と声をかけて良いのか分からないというのが、本当のところかもしれないと思います。

子供に、「90点とって、どんな感じ?」と聞いてみて、「嬉しい」と言えば「よかったね!」と声をかけ、「悔しい」と言えば「残念だったね・・・」と声をかけることのような気がします。

そして、私も、それが自然に出来るように努力していきたいと思っています。