カテゴリー: 回想と解釈

いじめの原理

「いじめ」と一言で表現してしまいがちですが、どれ一つとして「同じことが起こっている」という状況はないと考えても良いと思います。

ですが、その背景には、共通の原理があると考えています。

個別の「いじめ」を登場人物が背負っている背景を含めて個別に理解しようとするとき、参考にして頂けることを願って整理してみます。

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家庭に逃げ場があったか・なかったかで変わる人間関係

自分の子供の行動を見ていて、気がついたことを書きます。

子供は、外で遊んでいてけんかしたりすると、泣きながら家に帰ってきます。

「もう、外で遊ばないの?仲直りしなくていいの?」と聞くと、「遊ばない!」と言って、私に抱きついて泣いています。

そうしながら、「逃げ場があると、何か嫌なことがあっても、そこで遊ぶことにこだわらずに、別のところへ行けばいいって感覚になるんだなぁ~」と、子供の振る舞いが、私にはとても新鮮に感じられました。

しばらく、頭を撫ぜたり、背中をトントンとたたきながら抱いておいてあげると、子供は泣き止みます。

そして、外から楽しそうな子供の遊ぶ声が聞こえてきました。

すると、「じゃぁ~、遊びに行ってくる」って遊びに行ってしまいます。

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「友達」という言葉の呪縛から子供たちを守るために・・・

子供が、幼稚園や小学生の頃から、ずっと教え続けられる言葉に、『友達』というものがあります。

恐らく、多くの人は、この『友達』という言葉を、何の違和感もなく受け入れていると思います。

でも、実は、子供に『友達』という言葉を教え込むことは、その子供の人生に覆いかぶさる哲学的な問いかけを植えつけてしまう恐れがあるのです。

それは、そこにある人間関係が『友達』であることを証明することは、誰にもできないからです。

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「怒らないでおこう」とすると怒ってしまうのは当たり前

子供を、きつく叱り飛ばした後、「怒りすぎちゃった・・・、これからはあまり怒らないようにしないと・・・」と反省したことは、誰もが経験することだと思います。

でも、同じことを繰り返してしまう・・・。

「感情的に怒る」・「自己嫌悪」の繰り返し・・・。

 

怒るのを我慢しようとしても、怒ってしまうのは当たり前。

我慢できて怒らずに済んでも、我慢し切れなくて怒ってしまっても、『怒っている』ということに変わりは無いからです。

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