心の苦しさと悩みを解決する記憶ネットワーク再構築療法

正しく悩む為に

自分の心の流れが、少しだけでも良い方向へ動き出すことが、とても大切な事だったように思います。

そして、その緩やかな流れは、川の上流に降った雨が海にたどり着くように、その緩やかな変化の積み重ねを意識することができなくても、きっと、「本当の自分」に導いてくれると思います。

その為に、私にとって一番大切だったことは、「自分の感情を受け入れる」ということだったように思います。

自分の感情を「嫌な感情」だと感じてしまうと、そんな嫌な感情を抱く自分を責めてしまったり、人によっては、その感情を映し出すきっかけになった他人を責めてしまったりしてしまいがちな気がします。

私が苦しんでいた時は、「自分は、どうしてこう感じてしまうのだろう・・・」とか「自分は、何で他の人と同じように感じられないのだろう・・・」と思ってしまうことが多くありました。

でも、今から思えば、原因を探して解決しようとしているつもりでしたが、実は、「こう感じてしまう自分はダメだ!」「人と同じように感じない自分はダメだ!」と、ただ自分を責めているに過ぎなかったと思います。

自分にとって好ましくないと感じる感情を、否定するのではなく、肯定し、そう感じる自分の心の背景を理解しようとすることが、大切だと思います。

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多くの人と接すること

自分に独特な「他人の言葉や行動、出来事に対する習慣的な反応」に気づき始めたら、多くの人たちと接することは、きっと、何かの助けになると思います。

私は、「他人の為に生きよう」と決意して初めたボランティア相談員になるための研修活動のおかげで、私は多くの人たち(仲間)と、密に接する機会に恵まれました。

もしかしたら、「ボランティア」ということで、優しい人たちが集まっていたという面があったのかもしれません。

その頃の私は、「自分なんて価値が無い・・・」というようないじけた気持ちの真っ只中に居たので、他人と関わりたい反面、怖くて人から遠ざかりたいという複雑な心境でした。

でも、ボランティア相談員を目指す人たちは、そんな私をいつも「仲間」として暖かく受け入れてくれました。

始めの頃は、「受け入れてくれている」という事実が理解できずに、何の根拠も無いのだけれど「自分はここに居てはダメなんだ」というような漠然とし た気持ちでいっぱいでした。

たぶん、「受け入れてもらえること」が異常だと感じていたから、普通に戻れば、「やっぱり、受け入れてもらえない」というよう な感覚があったような気がします。

いつもなら、きっと、この漠然とした嫌な感覚に耐えられず、そこから逃げていたかもしれないのですが、「自分が生きていくための最後の決断」によって臨んでいる私には、もう後がありませんでした。

そして、それは、今から思えば、私にとって、とても幸運だったことのように思えます。

誰でも、今までと違う状況に出会うと戸惑います。

それは、自分にとって良いことであっても、同じような気がします。

例えば、いつも怒ってばかりいる 親から、ニコニコしながら褒められると、「きっと、何か下心があるかもしれない」と思ってしまうのと似ていると思います。

でも、それに慣れて、それが当た り前のことになれば、違和感無く受け入れることが出来るようになると思います。

私も、少しの期間を必要としましたが、だんだんと人の温かさを、「嬉しい」と素直に受け入れることが出来るようになっていきました。

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自分の感情が変化してしまうトリガーへの気づき

「自分の感情」が変化(特に、怒りや悲しみ等の「負の感情」への変化)してしまうきっかけとなる「出来事」や「相手の言葉」や「他人の行動や反応」などについて、そういうことを言われたり、されたりすると、自分が腹が立ったり悲しくなったりするのは当然のことみたいな感覚があったような気がします。

「そんな風に感情が変化してしまうのは、自分独特の反応(習慣)だ」ということを、認識しようとすることは、自分を解放していくためには、とても重要な事だったような気がします。

その自覚が出来るようになると、それまで、

  •  『出来事 = 感情』

のような感じに一体化していたものが、

  •  『出来事』 と 『感情』

という感じに少し分離することに役立つような気がします。

昔の職場で一緒に仕事をしていた人の中に、私が失敗をしそうになる直前に、私の間違いを指摘する人が居ました。

始めは、嫌味を言われているような気がして、「なんで、こんなギリギリになる前に教えてきれないの?!」と少し怒りにも似た嫌な感じがしていました。

そんな私の気持ちをよそに、彼は、その後も、直前になって指摘することを繰り返しました。

その繰り返しの中で、「彼は、私が失敗する前に(失敗しないように)、そのことを指摘してくれている」ということに、ようやく気づくことができました。

表現を変えると、『言葉』や『タイミング』や『表現方法』などは問題ではなく、失敗しないように間違いを教えてくれているという気持ちが大事だったということに気づいたのだと思います。

人それぞれ、言葉や行動には癖があると思います。

そして、私の場合は、「直前に指摘されること、嫌な感じがしてしまう」という癖があったように、そ れを受けとめる方にも「受けとめ方の癖」があるのだと思います。

そのお互いの癖が、「本当の気持ち」を通じ難くさせてしまっているような気がします。

これまで書いたように、『自分だけの感情の習慣』に気づくことは、「相手の本当の気持ち」から離れたところにある、受け取る側が勝手に作り出してしまう『幻の気持ち』から自由になるきっかけになるような気がしています。

「あの人には『地雷』がある」なんて表現があると思いますが、ここまで書いてきたことは、多分、この『地雷』のことだろうと思います。

また、『自分探し』という言葉も、しばしば耳にすることがあります。

その頃の私には分かりませんでしたが、今から振り返ると、『自分探し』とは、自分の中の『地雷』を見つけ出し、爆発しないように処理する作業』だったのかもしれないと思います。

開放へのきっかけ

あの頃は、とても苦しくて、「自分が何の為に生きているのか分からない」、そんな心境でした。

でも、「自分がこの世から居なくなる」ということは、私にとってはかなりの恐怖でした。

とても、そんな勇気は、私にはありませんでした。

だから、そんな私には、どうしても、「自分が生きているための理由」が必要だったのです。

「自分の為には生きることが出来ない・・・」

ならば、「人のために生きよう・・・」

それは、今から思えば、とても寂しい決断だったと思います。

でも、その時の私には、「生きていても良いんだ」と思えた瞬間でした。

そして、私はボランティアの電話相談員になる為の勉強を始めたのでした。


もし、「自分の為に生きられない」と感じているのなら、「人のため」「仕事で成功する為」「子供のため」「環境保護のため」など、自分以外の何かの為に生きようと考えることは何かの助けになるかもしれないと思います。

そして、「いつか、きっと、自分の為に生きられるようになる」と、心の片隅に少しだけでも信じようとすることは、そこへ向かう「緩やかな変化」を起こすことを手伝ってくれるような気がしています。

【つづく】