心の苦しさと悩みを解決する記憶ネットワーク再構築療法

どんな状態だったかというと・・・(その3)

言葉で表現することが苦手な人は、症状問題行動が表れやすい傾向があるという見方があります。

しかし、当時の私は「心理の世界」と無縁でした。

また、症状による苦しみの真っ只中にいた私には、『この症状こそが問題だ』という問題意識は、実に正しい認識のように思えて、「自分の心に目を向けてみよう・・・」なんて考えは、微塵も起こりませんでした。

ですが、今から当時を振り返ると、当時の自分の気持ちを理解できそうな気がしています。

会社では、仲良くしてくれる人は、たくさん居て、楽しく過ごせていたという面はあったと思います。

でも心のどこかに、「自分なんて、しょうもない存在だ・・・」って感じがいつも付きまとっていたように思います。

だから、人と接するとき、「自分のことを、面白い人だと思ってもらえるだろうか?」という不安があって、人と会う前には、それが試されるテストを受けるような、嫌な感覚を感じることが多かったような気がします。

「人は恋しいのだけれども、その感覚は耐え難い」、それが正確な説明のような気がします。

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どんな状態だったかというと・・・(その2)

それまでは、スポーツしたり、お酒を飲んで騒いだりすることが好きだったので、『心臓病?』という不安に、私の楽しみの全てを取り上げられてしまったような気がしました。

気持ちの変化が先か、体調の変化が先かということは、今から考えると、「やっぱり、気持ちが参っていたんだろうなぁ~」っていう風にも考えられるのですが、当時は、体調のことにしか焦点が向いていなかったような気がします。

そして、「体調が良くなったら、また、前のように楽しく過ごせるのに・・・」なんて考えて、体調がよくならない現実によって、ますます気持ちが沈んでいきました。

そうしているうちに、症状も網の目のように広がっていってしまいました。

運動をしたり、緊張したり、お酒を飲んだりすると、確実に不整脈が起こるよ うになって、喫茶店や飲み屋などに入れなくなったり、通勤の電車に乗るのも、パニックになるかもしれないという不安との戦いで、とても辛い思いをしまし た。

安静にしていると、頻脈になることが多く、歩くことすら怖くて部屋の中を這いずり回っていたこともありました。

運動してもダメ、安静にしていてもダメで、「一体どうすればいいんだろう・・・」って、とてもさびしい気持ちになったことを思い出します。

辛かったり苦しかったりしたエピソードを書こうと思えば、いろいろあるのですが、ここで詳しく思い出して文章にするのは気が重く面倒な感じがするので、省略します。

そんな状況の中、前回書いた「気合いで治す」という誓いのもと、会社ではとても元気に振る舞っていたら、『Mr.スマイル』みたいなキャンペーンで、表彰されてしまいました。

不思議なものです。(苦笑)

今回は、症状のことを中心に書きましたが、次回は、気持ちの部分について、少し思い出す作業をしてみたいと思います。

【つづく】

《補足》

再確認ですが、私がこんな事を書いているのは、こんな私でも、普通の状態になれたのだから、(もしあなたが、同じように苦しんでいるとしたら)、「きっと、あなたも大丈夫になれる!」ということを信じるお役に立てることを願っているからです。

どんな状態だったかというと・・・(その1)

今回は、初期の状態を振り返ってみようかと思います。

症状として、私が始めに気になりだしたのが、心臓の鼓動です。

たぶん、「頻脈」と表現される状態だったと思います。

そして、「不整脈」も出るようになって、「これがひどくなると『心不全』になって、死んでしまうのかもしれない」と、とても不安でした。

その頃の私は、「心」というものについての理解は全くありませんでした。

また、症状が出ていたので、「病気かも知れない・・・」と思って、某大学病 院に助けを求めました。

(たぶん、内科だったと思います。)

そして、いろいろと調べてもらった結果は、「問題なし」ということでした。診察室を出るとき に、医師は、「気のせい、気のせい!」と笑いながら、私の背中をポンとたたいてくれたような記憶がうっすらと残っています。

体の異常を、症状として確かに感じているのに、「大丈夫!」と笑顔で言われたとき、まるで「治らない」と言われているような感じがして、絶望にも近い気持ちになったような気がします。

しばらくして、私は、「体に異常が無いのだったら、気合で治すしかない」と決意したのでした。

【つづく】

どん底へのきっかけ

私が20代後半に差し掛かった頃、「どん底」の状態になってしまいました。

「「どん底」になってしまった」というよりは、「「どん底の状態だった」という事に気づいてしまった」と言う方が、そのときの心境に合っているような気がします。

きっかけは、たぶん、転勤だったと思います。

関西から関東への転勤。

今から思えば、それまでも、結構「生き辛い」と感じることもあったような気がします。

でも、学生の頃から仲良くしてくれていた友達と過ごしたりすることで、そのことをあまり深く考えずに暮らすことが出来ていました。

それが、関東に来たことで、そんな友達とも会えなくなってしまって、自分の中にあった「生き辛さ」に直面せざるを得ない状態になってしまったのだと思います。

別の表現をすると、それまでの自分は、共に過ごす相手によって、自分らしくなれたり、自分らしくなくなったりするような、不安定な状態だったということもできるような気がします。

【つづく】

落ちるところまで落ちたら・・・

『落ちるところまで落ちたら、それより落ちることはない(あとは上がるしかない)』というような言葉を、たまに耳にすることはあるかもしれません。

けれども、自分自身がその「渦中の人」になっているときは、『「そこから抜け出すことが出来る」なんて、とてもじゃないけど思えない』って感じではないかと、私自身の経験から思います。

でも、今の私は、「永遠に続くと思えて、気が遠くなるような苦しい世界」から抜け出すことが出来ました。

『落ちるところまで落ちたら、それより落ちることはない』の意味が、体験して、やっと分かったような気がします。

だから、その苦しみから抜け出すことが出来ないと感じてしまっていても、「きっと、大丈夫になれる」ということは、心のどこかで信じていて欲しいと思います。

その参考になることを願って、このカテゴリーでは、私の「どん底」だった時の状態や心境を、少しずつ思い出しながら書いていきたいと思っています。