あなたにもある心を回復する機能

あとがき

望むことに臆病にならないで下さい。

望みを間違うことにも臆病にならないで下さい。

たとえ、望みが間違っていても、それに気づいたとき、そのときに一番欲していると思うことを、再び望めば良いだけなのですから……。

一発勝負で自分の望みを言い当ててそれを叶えることなど、たとえ、それができたとしても、大して意味はないのです。

望み続けることこそが大切なことなのです。

心理用語に深層心理とか無意識というものがありますが、一般の人が使うこの言葉には、自分の意思ではコントロールできないことといったニュアンスが含まれてしまっているような気がします。

しかし、実際は、我々の心にはそのような正体の分からないようなものはなく、『トピックス:漠然とさせてしまった気持ち』(P87)でも説明しましたが、意識には、意識を向けられる部分と、自分の人生において当たり前すぎて意識が向かなくなっている部分の違いしかないような気がします。

そして、当たり前になってしまっていたということに気づきさえすれば、自分の意思で自分をきちんとコントロールしていけるのです。

もし、今の自分が心が満たされないとか、生きる意味が分からないとか、幸せになりたいといったことを考えているとしたら、そんな意識が向かなくなってしまった部分に意識を向ければ、そこに埋もれてしまっていた自分の本当の望みに気づくことができるのです。

本書では、悩みや心の苦しさを解決する目的で、心のことをいろいろと整理してみましたが、禅ではないのですが、結局のところ、自分自身や社会が言葉に含ませてしまった曖昧な意味に縛られて、心が自然な動きができなくなってしまったというのが、心の苦しみの正体なのかもしれないと、あとがきを書きながら思っています。

心の苦しさは、心の問題ではなく言葉の問題だということです。

ですから、せめて本書を読んで下さったみなさんだけでも、自分の心を見つめようとするときは、何気なく言葉を使うのではなく、大切に言葉を使うようにして下さい。

また、日々の生活の中でも様々な媒体を通して垂れ流される思慮のない言葉に振り回されず、自分の言葉でじっくりと考え理解しようとする姿勢が自分のためにも、今の社会のためにも、最も必要なことなのだろうと思います。

そのためには、子供の頃には、国語をしっかり勉強し、言葉を大切に扱う文学的な文章に多く触れることが大切だと思います。

そして、表面的なことだけではなく、言葉の持つ意味や、その言葉によって伝えようとしていることを、きちんと理解できるようになっておくことが必要だと感じています。

本書ではややこしいことをたくさん書いてきましたが、最後にもう一度、結論を書いておきます。

  • 人とじっくりと話をする
  • 話している事柄ではなく、その事柄を話したくなった気持ちに意識を向ける
  • 話したいと思ったそのときに、話し相手を見つけて話をする
  • 心の苦しさの解決を焦らずに、それらを継続する

たったこれだけのことで、心は苦しさから解放されていられるのです。

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