症状の「もう一つの説明」
依存症
説明
「止めるべき理由を理解しているにもかかわらず止める事ができない習慣」のことをアディクション(嗜癖)といいます。
自分の心の隙間を埋める為に始めた事が、習慣化して、それなしで生きていくことが出来ないと感じてしまいます。
その対象によって、物質アディクション(アルコールや薬物、過食など)、プロセス・アディクション(ショッピング、ギャンブル、仕事など)や人間関係へのアディクションなどに分類されます。その行為が、身体的、或いは、経済的な悪影響を及ぼすということから、その行為自体が問題視されがちですが、その元となる「心の隙間」に焦点を当て、解決していこうとする事が重要です。
アルコール依存、薬物依存、ニコチン依存、摂食障害、仕事依存、ギャンブル依存、買い物依存、恋愛依存、セックス依存、ネット依存、万引き依存・・・
もう一つの説明
「できれば感じたくない」という苦手な感覚に対処する為 の行動の一つだと理解することができます。
一般的な「苦手な感情や感覚に対処方法」としては、次の4つが挙げられると思います。
1.苦手な感覚や感情を別の感覚や感情で相殺しようとする
2.苦手な感情や感覚を感じないようにしようとする
3.苦手な感覚や感情を解消できそうだと思うことができる解決策に取り組む
4.苦手な感覚や感情の原因を創り出そうとする
依存症がどれに当てはまるかというと、一般的には、1の状態だと考えることが多いのではないかと思います。確かに始まりはそういったことだったかもしれません。 そして、それに関わる一連の中で、特に嫌悪の感覚が生じないときは、その行為に没頭することを好むようになると思います。この場合、第三者には依存症と映っても、本人はそれを依存していると認識することは少ないように思います。
ですから本人にとって問題になるのは、本人がその行為に嫌悪を感じているにもかかわらず、それが止められないという状況です。その原因を、『本人の意思が弱いせいで、現実の苦しみから逃れる為に、その行為によって感じる開放感や爽快感ばかりを求めてしまっている』という説明では理解できないところがあります。なぜなら、本人に止めたいという意思も確かに存在するからです。意志が弱いだけなら、それをやるということに対しても、その意志の弱さが働いて、それを続ける事が出来ないという状況に陥っても良いのに、そうはならないからです。
なぜ、止めたいと思っていることを止められないのでしょうか。その行為を継続してしまう理由を、『○○○依存』と名づけられる時の○○○をすることによって最終的に感じることになる『嫌な感情や感覚』 を感じることに意味があると考えると、つじつまが合ってきます。
「苦しい気持ちになることを自ら望むはずなんか無い」と思う人がほとんどだろうと思います。しかし、それが必要になる事情があるのです。
依存症に陥る傾向のある人は、それ以前から、原因の分からない漠然とした苦しい感覚(心のモヤモヤ)を感じている場合がほとんどだと思っています。この「苦しいけれどもどの原因が分からない」ということが重大な問題なのです。なぜなら、苦しさの原因が分からないのですから、当然それを解決することができません。つまり、「その苦しさを一生抱えて生きていかなければならない」と思えてしまうのです。人生に絶望する一歩手前くらい切羽詰った状況で、「どうして耐えられているのかが不思議」と言っても良いぐらいの状態なのです。
そんな状態の時に、依存行為によって最終的に感じる『嫌な感情や感覚』と遭遇するのです。この出合いによって、もともと感じていた原因の分からない漠然とした苦しさが、原因が明確な苦しさへとすりかわります。このすり替えによって、「依存症を克服すれば、自分が感じている苦しい気持ちから逃れることができる」と思うことができ、人生の絶望から救われるのです。
ですから、解決の方向性としては、依存行為を止めることよりも、『原因の分からない漠然とした苦しさ』との直接的な対話によって、その苦しさの意味を具体化 し、解決可能なものに変えていく必要があると考えています。これは、普通の人では対処することは難しいと思います。(たぶん、無理です。)
ですから、一人っきりで解決しようと頑張らずに、直ぐにでもカウンセラーなどの心理の専門家の力を借りた方が良いと思います。
一人では長い間悩んでも解決しなかったことでも、結構簡単に理解でき、そして、解決できることは多いはずです。
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