心のマニュアル
■■子育てマニュアル(2)■■ (第4章 心の発達に関わる理解【補足説明】)
この章は、子育てマニュアル(1)の補足説明集です。
子育てマニュアル(1)と合わせてお読み下さい。
2.コミュニケーションの正しいイメージを身に付ける
2−1.コミュニケーションの役割
2−1−1.妄想の定義
そもそも、それぞれの人が何かに対して頭の中で持っているイメージは、それがどんなものであっても、ただの妄想でしかありません。
それが、条件によっては、妄想とは呼ばなくなっていくのです。大きく分けると、次の2つの条件があります。
- (1)それが家族のもつそれと一致した場合
- (2)それが社会的なそれと一致した場合
表現を替えると、お互いの妄想に差異が生じたとき、マイノリティと位置付けられる側の妄想を、マジョリティー側の人々が『妄想』と表現しているということになります。
現代社会において妄想と判断されるポイントを整理すると次のようになります。
- 個人の妄想と家族・社会の妄想とに差異がある場合
- 家族の妄想と社会の妄想に差異がある場合
- 社会の妄想と他の社会の妄想とに差異がある場合
社会の妄想の例でわかり易いのが、「過去に地動説が異端とされていた時代があったけれども、現代ではそれは当然のこととして受け入れられている」というようなことで、社会的な妄想は時代の流れの中で、人々が他に真実があるかもしれないと気付き、それを知りたいと思い、そして、そこに真実があればそれを受け入れていくことで、マイノリティがマジョリティになるという経緯をたどって修正されていきます。
ここで重要なことは、人々に他の真実があるかもしれないという可能性を受け入れ、そして、真実があれば受け入れようとする大らかさがなければ、妄想は変化する事はなかっただろうということです。
そして、個人レベルの妄想についても、同じ事が言えるのではないかと考えています。
つまり、まず、自分以外の人のもつイメージを理解しようという基盤がなければ、個人の妄想は個人の妄想のまま、家庭の妄想は家庭の妄想のまま、社会の妄想は社会の妄想のままとなり、それが所属する上位の階層からは孤立してしまう恐れがあるということです。
2−1−2.妄想の「形成される流れ」と「修正される流れ」
2−1−2−1.大人と子供の大きな違い
もともと、人には、自分の周りの色々な事柄や出来事を理解しようとする習性があります。
そして、その時に気付いた事柄を分析したり、情報を付加えたりして、その時々の能力の範囲において辻褄が合う体系に組み上げて理解していきます。
大人と子供では、その背景となる客観的な情報量の差は歴然です。
しかし、子供たちは、その時々に自分の知り得る情報を駆使したり、子供なりに理解できる理由を想像しながら、一つの体系に組み上げていくのです。
この「理解する為に子供なりに想像した理由」は、大人から見れば妄想ということになるのですが、子供にとっては限りなく真実に近い事なのだろうと思います。
それが真実なのですから、当然、子供の行動にも影響を与えるだろうことは予測できると思いますし、子供が大人には理解できない行動をすることがあることも理解できるのではないでしょうか。
ですから、子育てにおいては、『子供に理解させない』ということは、極力避けた方が良い思います。
もちろん、子供が新しい情報に得たり、多くのコミュニケーションに触れる事で、大人になるまでには、極端な妄想は修正されていくことは期待できます。
しかし、コミュニケーション不全に陥ってしまっていたり、良いコミュニケーションに出会うチャンスに恵まれなかった場合は、修正されない妄想を抱えてしまう恐れがあるので、親としては、出来る限り、その時々に子供が納得できるまで説明してあげることが大切だと考えています。
また、きちんと理解させようと接する事は、子供の気持ちや考えを知ることや、コミュニケーション不全に陥らないようにすること、そして、親自身の思い込みに気付いたりすることを、きっと手伝ってくれるだろうと思います。
2−1−2−2.妄想の修正される流れ
想像に基づいた理解は、新たな事実の発覚によって、随時修正されていきます。
特に、客観性を持ちやすい領域については、よほどのことがない限り、自然に、人類共通認識に近い形に修正されていくだろうと思います。
しかし、客観性の乏しい領域、つまり、人々の主観の部分については、ある条件が満たされていないと修正されることは難しいように思います。
それぞれの人の主観や価値観は、それぞれの人の中にあり、それが表明されない限りは知ることは出来ません。
そして、それらを『普遍的なこと』と認識していることが多く、表面的な関わりの中では言及されることは少ないようところがあります。
また、客観的事象と自分の中に生じる感情や感覚と結びついている為、自分の中に異なった感情や感覚が生じることが、価値観の変容する為の必要条件となります。
対人関係の中で感じる感覚や感情は、当然のことですが、対人関係、つまり、人とコミュニケーションを持たなければ感じることが出来ません。
ですから、主観や価値観の部分を修正する為には、人と人との触れ合い、つまり、コミュニケーションが必要なのです。
まとめると、自分にとって好ましくない主観や価値観であっても、それを、自分だけの努力で修正しようとするのは困難な事ではないかと思います。
また、これまでと同じコミュニケーションを繰り返していても、なかなか主観を修正するチャンスには恵まれないかもしれないと思います。
2−1−2−3.もし、妄想が修正されなかったら・・・
コミュニケーション不全な状態に陥ると、一度組み上がってしまった妄想は、いつまでも、その人の中で修正されるチャンスがないので、変化する事がなかなか期待できません。
そして、他の人とは隔離されたその人独自の世界観の中で生きることになります。
子供にありがちな妄想の例としては、「スーパーマンは空を飛ぶから、ボクもマントをつければ空を飛べるはずだ」といったものがあります。
しかし、成長する中で、様々な情報や体験を通して、「スーパーマンは空を飛ぶが、人がマントを付けても空を飛べない」と認識するようになります。
しかし、もし、子供の頃の妄想が修正されるチャンスに恵まれなかったら、社会人になって親の監視から自由になったとたんに、マントをつけてビルの屋上から空に向かって飛び立ちかねないと思います。
これは、極端な例ですが、普通の感覚では理解しがたい犯罪を引き起こされる理由も、このようなことで説明できるのではないかと考えています。
ですから、犯罪などの原因は、その人の心の問題と言うよりは、過去のその人を取り巻いたコミュニケーション不全と、修正されるチャンスをもてなかった妄想にあるのだろうと思います。
ですから、現状のように、ただ罰を与えるだけ更生できる場合もありますが、このような妄想が関わっている場合は、それでは妄想の修正は期待できず、再犯の可能性を減らす事は難しいのではないかと思っています。
コミュニケーションの不全によって、自分の子供たちをこのような状態にしてしまう恐れがあることを理解してください。
ですから、正しいコミュニケーションの能力を身に付けさせるために、家庭の中で、親が正しいコミュニケーションを行っていく事が、より良い社会を作るために最も大切な事ではないかと思うのです。
少年犯罪が起こるたびに繰り返される「挨拶が出来る良い子だったのに」というコメントは全くの見当外れだと思います。その子の家庭がどのようなコミュニケーションを行ってきたかに目を向けることが必要だと思います。
余談ですが、「人も空を飛べるはずだ」という妄想的な考えと、「普通にしていては、人はそれを飛べない」という現実から、ライト兄弟のように、飛行機の発明につながったりする事もありますが、これは、妄想だけではなく現実ともきちんと向き合ったから、夢を実現できたということで、妄想がそれを実現したというのとは、少し違うと思います。
スポンサード リンク

