心のマニュアル
■■悩み解決マニュアル(2)■■ (第2章 悩みを解決する【補足説明集】)
この章は、悩み解決マニュアル(1)の補足説明集です。
悩み解決マニュアル(1)と合わせてお読み下さい。
9.本当の解決について改めて考えてみる
9−3.人の心の中に出来てしまう『ある基準』について
9−3−1.『ある基準』とは
「父親(母親)のようになりたくない」と意識して頑張っているのに、気が付いたら、父親(母親)のようになっていたというような話をしばしば耳にする事があるかもしれません。
普通に考えれば、そうならないように努力しているのだから、そうなるはずはありません。
これには、自分の心の中にある『ある基準』が関係していると考えています。
『ある基準』と書くと、特定の問題となる基準があると思われるかもしれませんが、そうではなく、個人ごとに異なる不特定の基準です。
この『基準』ということについて、次の例を使いながらご説明していきます。
【例】食事中にテレビを見てはいけない/食事中にテレビを見ても良い
日常生活の中で、「食事中のテレビ」というテーマで議論をすると、「テレビを見る派」と「テレビを見ない派」に対立してしまったり、どちらか一方を結論とする為の話し合いになってしまうことがあります。
これは、「食事中のテレビ」という基準を設定したことによって分割された事象に意識が向いてしまっている状態です。
しかし、『食事中のテレビ』という基準が無い人には、どちらでも良い議論だということは、何となく理解していただけるのではないかと思います。
基準の無い人たちに、「食事中にテレビを見ても良いと思う?」と問うと、恐らく、一般論であれば、「どちらでも構わない」と答えるのではないかと思います。
また、その人の食事中の様子を観察してみると、「テレビを見たい時は見ているし、見る必要の無いときは見ていない」といった行動をしているのではないかと思います。
基準を持った人には、基準を持たない人の行動は、首尾一貫しない理解しがたい行動のように感じられるかもしれませんが、基準を持たない人は、基準に縛られることが無い為に、その時々に把握した気持ちや状況に臨機応変に適応しながら行動することが出来ているのです。
9−3−2.反面教師
何かを分け隔てる基準を持ってしまっていると、本人は意識していなくても、そのどちらか一方を選択することに意識が集中してしまうため、その時々の状況(条件や、自分や相手の気持ち)の違いに気付き難くなってしまいます。
その結果、揺れ動く自由な気持ちを抑圧してまでも基準を優先させて、自分自身や相手を不自由な感覚に追い込んでしまいます。
もともと『基準』には「何かを制限する」という目的がありますので、これは当然な事かもしれません。
しかし、心の中にある基準は、その矛先を批判という形で他人へ向かわせがちになり、また、自分自身の心も規制しているということに意識を向けることが大切なのです。
【例】
- 人を傷つけたくない
- 人に優しくしたい
- 相手の気持ちを大切にしたい
- 人を責めたくない
- 相手の意見をしっかり聞きたい
などなど・・・
『生き易さ』とは、様々な状況の違いに臨機応変に対応できることによって得られる感覚だと思っています。
ですから、もし、『生き難さ』を感じているとしたら、自分の中にある様々な基準から自由になっていく必要があるのです。
もし、自分の中にそんな基準があることに気付いた時は、それによって分けられる各々の事象について思考を巡らせるのではなく、その基準に自分がこだわっている理由に意識を向けてみると、自分自身の本当の気持ちを理解し、そこから解放されることを助けてくれるかもしれません。
『基準』が引き継がれてしまったと考えてみると、そうなってしまう事も理解できるのではないでしょうか。
その基準は、自分の行動のルールとして働きます。
「優しくしたい」というスローガンを例に説明してみます。
人の心には波があるのは普通のことで、優しくできるときもあれば、優しく出来ない時もあるものです。
ところが、「優しくしたい」という思いが強すぎると、自分の心の波を無視して、自分が考える優しさに、自分を統制しようとします。
それは、時に自分の気持ちを抑圧する事になるので、その抑圧によるストレスと、常に戦っている状態になってしまいます。
そんなストレスフルな状態なのに、それでも、自分が考える優しさを演じようと努力してしまうのです。
そんな時、他の人が自分が考えた優しさに沿わない行動をしたとき、これまで溜めてきたストレスが爆発してしまって、「私はこんなに優しくしてあげているのに、どうしてあなたは優しくできないの!」と「優しくしたい」というスローガンとは裏腹に、「あの人は優しくない」と責めるような優しくない自分になってしまうのです。
9−3−3.『ある基準』の正しい対処方法
反面教師的な学び方を身に付けてしまっていると、自分が「嫌な思いをさせられた」と感じたとき、「自分にこんな思いをさせた」と考える相手を反面教師、「嫌な思いのポイントと考えたこと」を犯してはならない掟と意識します。
(※関連内容:第2章「3−1−4.規則を作りながら世界を理解しようとしてしまうこと」)
しかし、そう結論付ける前に、「相手は、嫌な思いをさせようとして、そうしているのか?」と考えてみることが大切です。
それは、もし、相手に悪意が無いとしたら、相手に釈明のチャンスを与えてあげる必要があるからです。
もし、あなたが相手に釈明の機会を与えたときに、相手が釈明したとしたら、その内容の細かなことに意識を向けるのではなく、釈明した事実から、相手には悪意は無かったということを理解することが大切です。
また、もし、相手に釈明する余裕が無かったとしたら、自分自身がそれに執着するかどうかということがポイントとなります。
反面教師を意識したときの対処法は、次のように認識することです。
- 反面教師を認識したら、それは自分の中にある掟に気づくチャンスだと認識する
- 自分自身を、その掟から開放してあげようと取り組む
その為には、反面教師としようと感じたとき、自分の気持ちの背景を見つめてみることが大切です。
- 自分は、どうして欲しいのだろう?(現在)
- それを求めていた本当の相手は誰だろうか?(過去)
- それを得ることができなくて感じた気持ち(過去)
- それを期待している時の気持ち(現在)
- 期待が裏切られたときに感じる気持ち(現在)
本当に願っていた相手に気づくことは、全ての人にそれを求めてしまうことから自由になること、また、その時々に感じるネガティブな感情に気づきそれを癒すことは、個々の出来事への執着から開放されることを手伝ってくれると思います。
(※関連内容:第1章の「7−2.ネガティブな感情の正しい対処方法」、「7−3.自分自身の事情を理解する」)
自分が1つの主張に執着してしまっている時、『ある基準』に囚われてしまっていることを疑ってみる必要があるかもしれません。
(※関連内容:第2章「3−1−3−2.価値観について」)
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