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心のコンピュータ処理的な理解

心の動きをコンピュータ処理的に心の動きを理解しようとすると、普段は意識することがなかった何かに気付くきっかけになるかもしれないと思い、ちょっと取り組んでみることにしました。

心の動きは複雑なので、その全てをコンピュータ処理のように、明確に表現することは、たぶん、不可能だろうと思います。

でも、全体の雰囲気的なところは、何となく表現できそうな気がしています。(気のせいかもしれませんが(苦笑))

少しずつ、更新していこうと思っていますので、興味があれば、たまに、覗いてやって下さい。

コンピュータ処理の設計に慣れていないと、理解しにくいところがあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

説明

このコンテンツ『心のコンピュータ処理的な理解[』は、心の動きをコンピュータのプログラム的な機能に分解し、個々の機能について解説しようとする試みです。

未作成の文章リンクについては、少しずつ作成していきます。

詳細機能を記述する過程で、心の処理フローに修正も発生すると思いますので、随時反映させていく予定にしています。

『心システム』の目的

特に、目的というものを意識せずに、この課題に取り組み始めたのですが、処理フロー(第0版)を作ってみて、この『心システム』の目的が、何となく分かってきたような気がしています。

『心システム』の目的

それは、

その場その場の状況に応じた行動をできる限り迅速に行えるように、ボトルネックとなる確率の高い『思考』というステップの効率化・短縮化を図り、そのブラシアップを継続に行う。
(環境に合わせてそのシステムを自動的にカスタマイズする機能を持つ人類共通のロジックと言えるかもしれません。違う表現をすると、『人によって心の造りが違うというものではなく、カスタマイズが行われた環境が違う』ということのような気がします。)

というところにあるのだろうということです。

フロー(0版)を見ただけでは、私が何をどのように理解したかは、たぶん、あまり分からないと思いますので、今後、各処理の詳細機能説明やまとめなどを通して、少しずつお伝えしようと思っています。 2007/05/14

【余談】 『心』って、それだけのものなの!?

前の「『心システム』の目的」を読むと、心とは行動を効率的に行う為だけのものという印象を受けて何となくガッカリされる方はいらっしゃるかもしれません。

『心』と『自己』は同一であると考えていると、当然、ガッカリもすると思います。

普通、『心』と『自己』は同一であると考えがちなのです。

私も、そう思っていました、というか、まだ、思っているかもしれません。

しかし、今回の『心のコンピュータ処理的な理解』への取り組みや、自己の観察、日々のカウンセリングを通して、『心』と『自己』は、別物であるような感じがしてきています。

イメージ的には、

  • まず、現実や事実がある
  • その少し自分側に、予感や雰囲気がある
  • その少し自分側に、認識(考え・知識・価値観など)がある
  • そのまた少し自分側に、心がある
  • その更にその自分側に、自己がある

そんな感じです。

「心の動きをプログラム的に記述しようとする」という方向性で取り組む者が、「心の内側に自己がある」などと、その方向性とは真逆のようなことを言っているという不思議さを感じられるかもしれません。

しかし、システム的に考えようとしたことで、

心の苦しみは、ただ単に行動をコントロールしようとする為だけに発生している

のように理解できることを知り、今は何かそんな感じがするのです。

違う表現をすると、

将来、感情を持つロボットを作ることができるかもしれませんが、たぶん、自己を持つロボットは作ることができないだろう

ということです。

何となく分かって頂けました!?(苦笑)



最後に、その辺りのことをテーマにしている映画を紹介しておきます。

添付サイズ
kokoro_flow000.pdf160.68 KB

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